AlienContacts
他者をALIENだと思うことから始まる。
普段感じたり観たりしている世界は、出会いそのものだ。 出会ったことが理解できている事は、自分とは同一でない他者に出会った事だ。
これは「私」と差がある事だし「世界」とは他者との出会いそのものである。
だから、意識的に他者を意識した時、それらを世界と呼んでいる。
たとえば、テレビのニュースや新聞は、世界で起きた事故という出会いが、今現在に置いて珍しく新しいからNewsと呼ばれる。
他者と出会う時、事故が起き、事故という運動が世界を作る。
だから世界は事故と言う運動そのものである。
芸術が世界を表現しているならば、リアルな出会い、もしくは事故が表出していなくてはならない。
AlienContactsはダンスの事である。
演劇とダンスの境界線はどこにあるのか、
それは「日常から作り始めた舞台」か「日常以前から作り始めた舞台」という点に差がある。
日常とは、共通の言語のやり取りの上で交わされるコミュニケーションが前提となり、 ダンスはルールや記号が成立する以前から始めて、秩序が出来上がるまでの流れを言う。
ジャンケンというゲームを主題にしたとして、「ジャンケン」を使ってドラマを組み立てると演劇になり、
「ジャンケン」というゲームが、発生するまでを表現するとダンスになる。 だからダンスによる「ジャンケン」とは、ジャンケンでの勝敗を決める「石」「ハサミ」「紙」の3つの記号が発生する以前、もしくは発生しつつある状態の表出である。
本質は以上だが、問題が起きるのは、観察者が何処にいるのかによって見え方が変わる事だ。
演者が体感するか、観客が体感するか、 誰にとってダンスだったかという問題が最後まで残る。
AlienContactsは生きられる空間のシミュレーションである。
AlienContactsの本質の「発生しつつある秩序」は、本来即興の上で成り立つ概念だが、どのレベルから発生するかに違いがある。
全く他者の区別がない状態から始めることはできないし、劇場の外に広がる現実世界はあまりにも即興的であり、予定調和的でもある。ある程度決められたルール上で始めること、またルールの中にルールを構築するできるプログラムを作っておく必要がある。 AlienContactsを始めるときは、まずどの様な場に身体が置かれるかが重要となる。
その場には何がありどの様な力が働くかを決める必要がある。