イメージと感覚をつなぐ脳のチャンネルの開発方法 : インプロビゼーションテクノロジーズの解説

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ウィリアム・フォーサイスのベースになっているテクニックはインプロビゼーションテクノロジーズ(以下、IT)と呼ばれるフランクフルトバレエ時代開発されたテクニックがベースになっており、これは、フォーサイスがザ・フォーサイスカンパニーに移行した後も根幹にある概念です。ITはバレエの構造を解体し、それを拡張することでバレエのテクニックを深化させています。フォーサイス自身も指摘しているように、このプログラムはダンサーが事前に学ぶためのものであり、基礎を習得するための教材として機能しています。また、桜井圭介先生も『ダンシング・オールナイト』で触れており、ITは他のジャンルのダンサーにとっても有用で、ダンスを拡張するツールとして紹介されています。

しかしながら、この教材は単に模倣するだけでは意味をなさないのではないか、と私は考えています。自身が、(元)ザ・フォーサイスカンパニーのダンサーたちからエクササイズを学んできた経験から、具体的に「イメージと身体運動、感覚をつなぐ脳のチャンネル」をどのように発展させるか、その方法が詳細に紹介されていないと感じました。つまり、この教材を無批判に使用すると、見た目はフォーサイス風になるかもしれませんが、内側では何も得られないかもしれないという懸念があります。この問題に取り組むため、私は自らの体験に基づき、感覚的にイメージと身体を結びつける方法について解決策を模索し、それを紹介したいと考えています。

インプロビゼーションテクノロジーズとは?

ITは、ダンサーが即興でダンスを構築するためのインタラクティブな教材です。振付家ウィリアム・フォーサイスの解説動画を中心に概念が段階的に解説され、実際のダンサーによるデモンストレーション動画を通じてテクニックを学ぶことができます。1994年にZKMとウィリアム・フォーサイス/フランクフルトバレエ団が共同開発し、当初は内部教育ツールとして使われていましたが、2000年に幾つかの動画が改変され、日本では慶応義塾大学出版会で販売されました。

余談ですが、1995年にNTTインターコミュニケーションセンターICCでウィリアム・フォーサイスをむかえてインプロビゼーションテクノロジーズのデモンストレーションが行われました。私はその会場にいけませんでしたが、インタコミュニケーション15号に記録があります。また、当時私が通っていた東北芸術工科大学からZKMに掛け合ってオリジナルのソフトを購入を依頼して今いたが、ZKMでは1999年にDVDが販売されていたので、当時ドイツ留学中の曽我部先輩にそのDVDを買ってきてもらったのを覚えています。

このITはダンスの基本原理の一部をまとめたもので、バレエの構造を解体し再構築することで、バレエの内に潜む可能性を広げようとします。バレエはオペラと共に発展し、観客がどの席に座っていても同様の表現を享受できるよう設計されました。そのため、手の小さな動きでも全身の運動が強調される特徴があります。そして、バレエの幾何学的な美学はマリウス・プティパ(1818-1910)からジョージ・バランシン(1904-1983)へと進化しその先を作ろうとする試みです。バレエを基盤とするこのテクニックは、幾何学的なイメージを通じて幾何学的な動きを感じ取ることに焦点を当てています。

はじめに線を構成する例として、点ー点ー線を挙げた。指の間に線があると、その線を空間中に置く動かすこともできる…

point point line. imaging lines
ダンサーによる例

ダンサーは体の関節や先端などを点として意識し、それらの点と点の間に線を意識します。次に、それらの点は空間に配置され、線が結ばれたり延長されたりスライドされたりすることができると説明されます。しかし、実際には身体の部位は立体的であり、点そのものは存在しないし、空間に点を意識すると言っても、それらを触ることはできません。このエクササイズの鍵は、この違いをつなぎ合わせ、調和させることです。

原理的に考えれば、身体を使わずに、コンピューターで自動生成された音楽に合わせて動くビジュアルプログラムと差異がなくなります。しかしここでは、ダンサーの身体を通じて創造世界(イメージ)と現実の身体の運動との架け橋としてつなぎ合わせる感覚を作ることが、このダンスのアプローチにとっての真の狙いであり、価値だと考えられます。ですから、このエクササイズで重要なのは、「イメージ」と「身体運動」に、「感覚」を通すことです。つまり、頭で考えるのではなく、身体で理解することが必要です。クラシックバレエがエクササイズの始めにバーレッスンを必ず行うように、このエクササイズはバーレッスンのように繰り返し行うことで幾何学的な創造と空間とを身体を使って繋ぎわせる、もしくは身体を通すためのレッスンです。特にこの「点ー点ー線」とラバンキューブを組み合わせたエクササイズは基本中の基本です。

話はそれますが、少しだけコツを述べておくと、とウィリアム・フォーサイス/フランクフルトバレエ団のテクニックは上半身と下半身がもしくは右側と左側が食い違って動くことを好みます。つまり、いつも身体をねじって使われます。フランクフルトバレエ団では普通のバレエカンパニーよりも深くねじって使うことを推奨しており、フランクフルトバレエ出身のダンサーは小指の端までねじって使います。ラバンキューブを使ったエクササイズでは、ねじることを意識しなければ、動かしやすい点同志をつなぐ傾向がありますが、ここでは、より遠い点同志をつなぐことを目標に、上半身と下半身、右側と左側をひねるように使うことが推奨されています。

イメージの重要性と限界

想像空間と身体空間にはズレがあるため、想像だけが先行してしまう可能性があります。運動のイメージと現実を結びつけるのは身体そのものであり、身体を繰り返し使うことで能動的に連なった感覚を育むことが重要です。それをしないと、自由に線を変形するような能力は得られません。ITでは、アイソメトリー(等長変換)の章に注目します。アイソメトリーとは、形や構造の不変性を保ちながら、それを変形させることなく移動させる操作や変換のことを指し、元の形やフォルムの感覚を維持しつつ、それを変化させることです。

このテクノロジーの中でも最重要なものに、アイソメトリーというものがある。アイソメトリーとは、フォルムとフォルムとの間の関係である。例えば、これが、アイソメトリーだ。このフォルムと形を、もとの感覚を保持したままの関係で変移することだ。

アイソメトリーはバレエではあまり使われませんが、ストリートダンスでは重要な概念です。この考え方は、「形を変える中で特性や質感を保つこと」を指し、想像上では自由に変形できますが、実際の体は可動域に限界があり、その変形は制約されるため、想像と身体表現にずれが生じます。

多くのバレエ出身のダンサーは、フォルムに注目する傾向があります。そのため、質感を維持しながら変化させる概念は難しいでしょう。一方、ストリートダンスではフォルムではなく動きとしてアイソメトリーを捉えており、これが異なる点です。フォルムによるアイソメトリーは身体で表現が難しいですが、動きとして捉える場合は比較的自然にできます。ストリートダンスでは練習方法も確立されています。

また、パントマイムにおけるアイソメトリーとは異なる点を指摘しておく必要があります。パントマイムでは、たとえば重いものを表現する際に、重さを感じさせるのではなく、下に押し付けるような動作をします。この表現では特に感覚を通す必要はなく、見た目が重く見えることが大切です。ここでは、テクニックは可能ですが、アイソメトリーとして体感が伴わないため、変形が難しいからです。

アイソメトリーの実践

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図4: 抽象的な図形を描く際、身体運動に関連を見いだせない。

ITの中で取り上げているアイソメトリーの考え方を著者の体験をもとに説明してみます。フォルムから別のフォルムへの変容がなぞるように体ではできても、感覚上に連続性を感じられないという点が問題です(図4)。以下のエクササイズを検証してみましょう。

例1:
定義: 間節を屈曲させるアイソメトリーを開発する(図5)。
命題: 「指の屈曲」「手首の屈曲」「肘の屈曲」屈曲箇所が異なるため、身体的な体験がそれぞれ異なるが、同一の感覚的としてとら連続性をもって取り組むための、感覚の回路を作る。
方法:
1. 指の屈曲を繰り返し行い、曲げる際の感覚に集中し、緊張のテンションの感覚だけを取り出す。
2. 屈曲のイメージはそのまま感覚としてとどめて、運動だけだけ小さくする。
3. 小さくした運動を感覚はそのままに、屈曲部位だれ手首に移動させる。
4. 手首の屈曲運動を繰り返し運動を徐々に大きくしする。
5. 指の屈曲運動から手首の屈曲運動を屈曲運動のイメージはぶれないようようにとどめながら繰り返し行う
6: 肘の屈曲運動も同様に行う。
証明: アイソメトリーの強弱によって運動の体感が変化し、したがって「指の屈曲」「手首の屈曲」「肘の屈曲」は同じ体験となった。

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図5: 手の回旋から歩行移動の間を繋ぐ運動感覚。

例2:
定義: 弧を描くイメージを開発する(図6)。
命題: 円運動の軸から伸びる辺をのばしていった際に運動の形態が変化するが、これを「同じ運動」というイメージの回路を作る。
方法:
1, 指先を軸にし手首で弧を描く。この運動を繰り返す。
2, 少しずつ辺をのばし弧を大きくしていく。軸点は動かさないこと。手の回転から→腕の回転→上半身を使って弧を描く。この運動を繰り返す。
3, 一歩ふみ出して弧を描く。この運動を繰り返す。
4, 歩きながら弧を描く。この運動を大小さまざまに変化させられるように繰り返す。
証明: 弧を描く運動は、「手の回転運動」と「歩く運動」の組み合わせで表現され、この二つの運動を身体的につなぐことで実現できた。

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図6: 手の回旋から歩行移動の間を繋ぐ運動感覚。

イメージは、空間に存在するはずなのに、自分の神経は空間にないので、理屈では矛盾しているように思えます。しかし、イメージと運動の結びつきを考えると、納得がいきます。例えば、姿勢を良くしようとする時に、具体的に「首の骨の間に隙間がある」とか「肩甲骨を下におろす」とイメージするよりも、「首を長く伸ばす」とイメージした方が、自然と正しい姿勢になることがあります。また、空手などの武道で、手首や肘を強くしようとするよりも、「腕を長くする」とイメージした方が、強くなったります。

このように、身体はイメージによって大きく影響を受けるのです。最終的に、パフォーマンスを拡張するには、イメージと身体運動、感覚をつなぐ脳のチャンネルをどのように開発するかが重要な鍵となり、自分の経験では、繰り返し行うことで感覚をイメージの上で定着させて、運動を別の形に徐々に変容させると、同じ感覚で様々な運動が実行できるようになります。この感覚が定着すると、運動を大小に変更できるだけではなく、別の感覚と組み合わせることで新しい感覚を生み出すこともできます。

感覚の組み合わせについては「動きの圧縮が与える影響 : ダンスが下手な人の特徴とは?」で論じていますの合わせてお読みください。

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