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やりすぎ!? もはやアートの域! 成人音声コンテンツ音声作品 催眠オナニー紹介

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近年、デジタルコンテンツ市場において、成人向けコンテンツとして特異な進化を遂げている音声作品(同人音声)が急速な盛り上がりを見せています。これは、単なるアダルトコンテンツの枠を超え、高度な音響技術と緻密な心理誘導を融合させた、新しい表現の可能性を秘めています。

本稿では、この「催眠音声」がどのようにして成立し、どのような技術や表現手法を用いているのか、そしてそれがVRやメタバースといった次世代のデジタル空間、さらにはサウンドアートという芸術領域といかに深く結びつき、新たなフロンティアを切り拓いているのかを、技術的・芸術的側面に焦点を当てて考察していきます。

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ノードと生: デジタルダンスの計算論的アプローチ

20世紀初頭におけるアニメーションの隆盛は、動きの線や動きの研究をさらに推し進め、エンジニアたちが動きの中に生命を感じ取るという独特の感性を考察しました(図1)。それは動きに生命を宿す試みで、かれらは生きている動きを本質を捉えようとする探求でもありました。一方で20世紀、人工知能研究と並行して人工生命という学際的分野が発展し、ソフトウェアからロボット工学に至るまで、生命的振る舞いの研究が進展しました。これらの研究は、アニメーションといった従来の美学とは異なる観点から「生」の証明を試みるものでありました。そこで、ラテン語のアニメート「命のないものに生命を吹き込む」を基にアニメーションから人工生命研究までを広く考察範囲に含めることができると考え、以下に述べていきます。

 本論文では、動きの中に「生」の本質を追求するのではなく、生を読み解く手法を検証し「動点=ノード」という概念を用いて「生」についての考察を展開します。特に注目したのは、自然現象の定量的計測がもたらした抽象性と、そこに含まれる「生のデータ」です。これらは、ダンスを一種の計算手段として捉える新たな視座を提供するでしょう。

具体的な事例として、エティエンヌ=ジュール・マレーによる写真を用いた運動研究、ジャドソン・チャーチ・グループによるアルゴリズムとしてのダンス、そしてウィリアム・フォーサイスのSynchronous Objectsプロジェクトを取り上げ、それぞれの時代における新たな表現の可能性について検証を行ます。

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手塚治虫「フィルムは生きている」(1959)アニメーターの主人公がオリジナルアニメーション映画を創作ために苦闘する。仔馬が題材なのは手塚がディズニーのバンビに魅了されていたため。
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“TRANSMISSION IN MOTION”ダンスとテクノロジーの新しい地平

ダンスのコンピューティングを研究するうえで重要と思われる文献の”TRANSMISSION IN MOTION The technologizing of dance”トランスミッション・イン・モーションダンスの技術化の書籍をイントロダクションだけ共有します。(kindleの試し読みでもイントロは読めます)

この章の後にカニングハムがデジタルで振付を行ったライフフォームズ、フォーサイスのインプロビゼーションテクニックのCD-ROMの制作者のツィーグラ、YCAMでもシンポジウムを行ったフォーサイスモジュール。4人の振付家の振付を記述するために結成したモーションバンク。などがまとめられた論文集です。

この本で紹介されている、英国におけるコンテンポラリーダンスの代表的な振付師の一人とシボーン・デイヴィスの膨大なアーカイブが紹介されているのですが、そのページは2021年一行閉鎖されており現在再公開に向けて作業中とのこと、

*文中の協調は大脇の勉強用に加えたものでオリジナルには無い

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動きの研究の歴史とメタバースダンスの可能性

ダンスのヴィジュアル化(視覚化)は古くから行われてきた芸術表現の一つです。近年、ダンスをビジュアルエフェクトで表現する手法が、ダンスPVにおいて人気を集めています。しかし、現状では多くのエフェクトがポストプロダクションとして事後的に加えられており、ダンサーが踊っている時にダンサーはエフェクトを確認することなく、動画編集時にアフターエフェクトエンジニアによって制作されており、ダンサーが踊っている時に思い描いているイメージは反映されてはいないのが現状でしょう。

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『The Other in You わたしの中の他者』エンタメ映像系CG制作の知見をダイレクトに活かす

本記事は”CGWORLD OCTOBER” 2018 no,242に掲載された記事を掲載しています。

TEXT/神山大輝(NINE GATES STUDIO)

ICCで開催中の「オープン・スペース2018イン・トランジション」にも出展されている本作。VR技術を通して、鑑賞者がダンサーと同じ空間にいるかのようにダンスを体感できる意欲作だ。CG・VR制作では、本誌でもおなじみのデジタルアーティストたちが携わっている。

Visual Programming / System Direction: 比嘉了Satoru Higa
CG Direction: Takeshi 尹 剛志(十十)、Yoong (Jitto), 小松 泰(回)Tai Komatsu (Cai)

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The Other in You わたしの中の他者: 技術/歴史背景のプロット

2017年に創作さえた「The Other in You」は、VRや3Dコンピュータグラフィックス、立体音響、触覚デバイスを駆使した新しいコンテンポラリーダンス鑑賞法を提案した映像インスタレーション作品です。従来の観客が客席からダンサーを鑑賞する方法とは異なり、観客はVRヘッドセットを装着し、白い球体の触覚デヴァイスに触れながら、ダンス空間に没入します。視点が観客自身からダンサーの視点に移行すると、自身がダンスを体験しているような感覚が生まれ、他者と自分の境界が交錯する体験が可能になります。作家は、このような体験を通じて他者と自分の関係性の深化を描き、作品名にその意味を込めています。本論文はこの作品の背景にある歴史、技術、哲学からVR映像インスタレーションの可能性について検証します。

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オックスフォード・ビデオダンスハンドブック: 「スクリーンダンスの言説を拡張する」DeepL翻訳

2016年に出版された『オックスフォード・ビデオダンスハンドブック』は、811ページもあり、価格は2万8千円もするため、学生には手が出ない本です。この本には重要と思われる多くの論文が36章掲載されています。私の専門であるダンスコンピューティングに関係する第19章「ダンスの仮想化」をDeepLで翻訳し、リンクを付けました。私が参加していたダムタイプも一部引用されています。全部読みたい方は購入をおすすめしますが、掲載されているURLはほとんどリンク切れなので、閲覧には少し苦労するかもしれません。

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RAM Dance Toolkit Tutorial Video 2017

This is a video tutorial produced for the workshop “RAM CAMP in Kyoto” offered at KYOTO EXPERIMENT Kyoto International Performing Arts Festival 2017. You can study the outline of the workshop. Tutorials #05#06 can be used universally for creating choreography for dance using motion capture.

KYOTO EXPERIMENT京都国際舞台芸術祭2017で開講されたワークショップ「RAM CAMP in Kyoto」のために制作されたビデオチュートリアルです。ワークショップの概要が勉強できます。チュートリアル#05#06はモーションキャプチャーを使ったダンスのための振り付けの創作に汎用的に使用できます。

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オックスフォード・ビデオダンスハンドブック: 「ヴァーチャライズ・ダンス」DeepL翻訳

2016年に出版された『オックスフォード・ビデオダンスハンドブック』は、811ページもあり、価格は2万8千円もするため、学生には手が出ない本です。この本には重要と思われる多くの論文が36章掲載されています。私の専門であるダンスコンピューティングに関係する第13章「ダンスの仮想化」をDeepLで翻訳し、リンクを付けました。日本ではほとんど紹介されていないダンスの論文が参考文献として挙げられており、ダンスは日本では人間論が主流なので、このようにダンスをデータとして扱う文献はあまり目にしないでしょう。全部読みたい方は購入をおすすめしまが、掲載されているURLはほとんどリンク切れなので、閲覧には少し苦労するかもしれません。

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トッド”思考する身体”1937 DeepL全文翻訳

メイベル・エルズワース・トッド(1880 – 1956) は、ダンサー、医療専門家で、トッドの作品は著書『The Thinking Body』(1937 年)は、現在、欧米ではダンススクールで生理学と運動心理学の古典的な教科書として読まれているようでです。日本では邦訳がないようなのでDeepLで全文翻訳しました。英語が欲しい方はアマゾンで購入ください。改行などの都合で読みづらい箇所もあると思いますが、閲覧程度に利用ください。

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公衆触覚伝話における映像技術 : 共在感覚を作るフレーム感解消の技術

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映画館の巨大なスクリーンは、その誕生以来、視聴覚技術として発展し続けてきました。映画の発明から現在に至るまで、よりリアルな体験を提供するため、フレームを超えたさまざまな技術が提案されています。「フレーム感」というのは、メディアアートや写真の分野で用いられる専門用語であり、観る者と作品の間に存在するフレームの存在感を指します。このフレーム感を解消することは、観る者に「こっち」と「あっち」の区別を曖昧にし、より没入感を高めるための試みです。

このフレーム感の解消は、単にVR技術への移行以上のものを意味します。フレーム感が軽減されることで、観客は物理的なスクリーンがあるにも関わらず、映画の世界と同じ空間にいるような感覚を得られるようになります。つまり、より没入感を得るためには、フレームを超えた体験が必要なのです。これは、小さな映像や音声でも、フレーム感が薄れれば薄れるほど、観る者は映画の世界にいるかのような感覚を持てるということです。実際に「こっち」と「あっち」繋がってるような体験を実現することが、この技術進化の目指すところなのです。

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2022年メタバースパフォーマンス最先端レポート : YCAM InterLab Camp vol.4:遠隔・身体・共創 DAY2 トーク+ショートパフォーマンス

シエ・ジル・ジョバンは、スイスのジュネーブを拠点に活動するダンサー兼振付家です。2008年には山口情報芸術センター[YCAM]で”Text to Speech”という作品を上映しました。今回は、「YCAM InterLab Camp vol.4:遠隔・身体・共創(2022年12月)」に登壇し、そのもようを文字お越ししたものです。

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大脇: ジルさんはメディアアートとステージパフォーマンスを融合させた作品を数多く発表し、今回の登壇ではテレプレゼンスをテーマにした作品を披露し、その現場の声に直接触れることを提案しています。彼のカンパニーは最近、積極的にパフォーマンスを配信しており、ジュネーブを拠点に世界中に向けてパフォーマンスを展開しています。

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劇場空間を解き明かす:ポストパンデミックのパフォーマンス空間でのインタラクティビティを再定義する

コロナパンデミック以降、すべてのイベントがオンライン化されましたが、パンデミックが収まると音楽ライブや劇場イベントはオンラインイベントを急に縮小しました。これは、配信動画サービスはあくまでもその場しのぎのもので、劇場表現は映像や音声には記録できない情報があると考えられているからです。しかし、映像の方が舞台上の俳優や役者の表情や動きを間近で観ることができる利点がありますが、劇場主義の多くはこの点にあまりふれないように思われます。シンポジウム、音楽ライブ、劇場でのダンス・演劇公演、スポーツこれらは、異なる視点、指向性があり、ジャンルごとの指向性を踏まえたうえで、同一空間を共有する意味について検討したいと思います。

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イメージと感覚をつなぐ脳のチャンネルの開発方法 : インプロビゼーションテクノロジーズの解説

ウィリアム・フォーサイスのベースになっているテクニックはインプロビゼーションテクノロジーズ(以下、IT)と呼ばれるフランクフルトバレエ時代開発されたテクニックがベースになっており、これは、フォーサイスがザ・フォーサイスカンパニーに移行した後も根幹にある概念です。ITはバレエの構造を解体し、それを拡張することでバレエのテクニックを深化させています。フォーサイス自身も指摘しているように、このプログラムはダンサーが事前に学ぶためのものであり、基礎を習得するための教材として機能しています。また、桜井圭介先生も『ダンシング・オールナイト』で触れており、ITは他のジャンルのダンサーにとっても有用で、ダンスを拡張するツールとして紹介されています。

しかしながら、この教材は単に模倣するだけでは意味をなさないのではないか、と私は考えています。自身が、(元)ザ・フォーサイスカンパニーのダンサーたちからエクササイズを学んできた経験から、具体的に「イメージと身体運動、感覚をつなぐ脳のチャンネル」をどのように発展させるか、その方法が詳細に紹介されていないと感じました。つまり、この教材を無批判に使用すると、見た目はフォーサイス風になるかもしれませんが、内側では何も得られないかもしれないという懸念があります。この問題に取り組むため、私は自らの体験に基づき、感覚的にイメージと身体を結びつける方法について解決策を模索し、それを紹介したいと考えています。

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ボディーランゲージの暗号:コミュニケーションの圧縮と解凍

前回は表現者の動きの圧縮にフォーマスして考察しました。その圧縮は多様なレベルで行われており、所作がパズルのようにつながって一つの運動を作り出しているもの。無意識に体の反応が所作に表れているもの。感情などの質が所作に折りたたまれているもの。といった内容でした。今回は、この圧縮された動きを見た人がその内容をどのように読み取るか、つまり、動きの解凍についての考察です。

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動きの圧縮が与える影響 : ダンスが下手な人の特徴とは?

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この記事はダンスにおける「動きの圧縮」を探求し、「動きの圧縮」のアイデアがどのように発展してきたか、そしてダンス表現におけるその影響について解説します。プロのダンサーと下手なダンサーの動きの比較や、独自のパフォーマンスでの「動きの圧縮」の利用、そしてコミュニケーションにおける動きのニュアンスの重要性に触れながら、ダンス表現の多様性や可能性を探求します。

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Inspiring-lineの考察:運動を描く、知覚を拓く

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はじめに:知覚と運動の瞬間

試合中のサッカーのフィールドを想像してみよう。自分は相手方のゴールに向かって突進しているところだ。ボールをドリブルしながら走る。足は踏みしめている芝の感触を感じている。他の数人の選手たちが猛スピードで迫っているのを横目で感じながら、視線はさっとフィールドを流す。他の選手の足音と荒い息づかいが自分のそれとともに耳に響く。一瞬のチャンス。鮮やかなシュートでボールがゴールに吸い込まれていく。

我々は、自身をとり巻く世界の中枢にいて、一つの身体で様々な瞬間を瞬時に判断し行動している。改めて考えてみると、俄かに信じがたい。気がついたときには備わっていた野生の能力を、哲学者は考え、生理学者は実験し分析してきた。

その中でも、自身をとり巻く世界をキャンバスに投影してきた画家達の絵画には、その知覚の道具がぎっしり詰まっているといえる。私はこれらの知覚の道具を使って、知覚を拡張する方法を探りたい。

ボッチョーニの革新的アプローチ

西洋絵画において、ルネサンスから続く空間表現方法の一点透視図法は、近代芸術運動のキュビスムによって開拓された。さらに未来派の画家達は、旧来の画法にとらわれない自由なアプローチで時空構成を提示した。

なかでもボッチョーニは、視覚的な激しい運動の体験をどのようにキャンバスに定着させるかという主題について、他の未来派の画家とは異なるアプローチを取った。

同時代のマイブリッジやマレーの連続写真の技術が影響していることがうかがえるが、ただ連続写真を絵画化したわけではない。姿勢が急角度で傾き、複数の柱が書き込まれる。

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この柱に着目すると、マイブリッジの写真のコマとコマの切れ目にも似た、時間軸のガイドラインとして見えてくる。単純な連続写真のコマではなく、ガイドライン自体が速度や躍動感を表現する伴となっている。

試しに、柱だけをデジタル処理で消してみると、躍動感が失われてしまうことが分かる。

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マッピング技術における時空表現の発展

近代絵画運動よりも以前から、マッピング技術では時空表現が議論されてきた。例えば世界地図はメルカトル図法、モルワイデ図法、ダイマクション図法など、球の展開方法が有名だ。これらの図法は三次元を完全には記述できず、多くの世界地図は北極南極が歪んで表現される。一方でこの図法は、経度、緯度、グリッド、また等高線などの表記基準による線によって空間を分割する方法を発明した。

それ以外に、天気予報図は、衛星写真の上に気圧を表す記号や、台風の進路予想図など、時間軸がガイド線としてマッピングされている。

これらの線は現地を観察し、広い範囲の中で現象について考察し、新しい視点での問題を読み起こし発展させるために開発されてきた。そして、その線は現地と観察者の中間に描かれ、その線が観察者の想像力を強化する補助機能として欠かせない存在である。

Inspiring-lineの概念定義

ボッチョーニの絵画の中の柱も現象を考察することを補助し、時間軸と運動量を繋ぎとめる「想像の補助線」=Inspiring-line(これにあたる名詞が私には調べられなかったのでここではそう呼ぶとしよう)として働いている。

本来のマッピング技術は、主に、静的な地表に動的な情報を重ね合わせる技術であるのに対し、ボッチョーニを例に述べたInspiring-lineは、ベースライン自体が動的で、分析を主とする正確さを求める線というよりも、想像力を強化し直感的に読みとるための補助線だといえる。性質が多少異なることを指摘しておく。

現代技術とInspiring-lineの展開可能性

現在のマッピング技術はコンピューターグラフィックス技術によって表現の幅が広がり、様々な時空を表現できるようになった。ボッチョーニの柱のようなInspiring-lineはむしろ当たり前の表現方法であり、まだまだ発展可能である。

例えば、ヘッドマウントディスプレイを使って、ボッチョーニのような運動と空間の表記方法を用いて、サッカーのような刻一刻と変化するゲーム空間を再現したらどうだろうか?

天気予報図のようなガイド線のように、選手の動きやボールの動きに補助線が書き込まれている図である。少なくとも、ビデオゲームのサッカーはボール軌道が線で表現されたり、ボールをパスすべき相手にフラグが表記される。これらも直感的に出来事を読みとるための補助線だからInspiring-lineと言える。

サッカーゲームにおけるInspiring-lineの応用

サッカーのような組織的に動くゲームは、チェスのようなパターンの集積ではなく、むしろ囲碁のような、個々は独立し受動的に動きながらも組織的に働くモデルが望ましい。たとえば、サッカーのフィールドを囲碁のように密度として捉えたらどうだろう?選手同士の距離を濃度として捉え、関係の密度が薄い所にボールをパスできれば、ボールを取られる可能性は低くなる。

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結論:知覚拡張の可能性と未来への展望

実際の選手のイマジネーションとしてすでに形成されていると思われるが、サッカーを行う選手同士が具体的に共有されているわけではなく、経験的に知っているにとどまっている。これらが、実際にヘッドマウントディスプレイなどを用いて、選手の目の前に地図として立ち現れたとき、それは人間の能力の低下を助長するのではなく能力の拡張として、プリミティブな野生の直感を観察する切り口の一つとなるだろう。

ARが現在より発展しコンタクトレンズのレヴェルにまで小さくなったなら、Inspiring-lineの概念は様々な分野での応用が期待される。スポーツ限らず、刻一刻と変化する空間において、パフォーマンス向上に活用できるだけでなく、教育現場では複雑な概念の理解を促進し、医療分野では手術や診断の精度向上に貢献する可能性がある。さらに、都市計画や災害対策においても、人々の直感的な理解を支援する重要な道具となるだろう。

これらの技術が人間の能力を置き換えるのではなく、拡張することにあり、我々が本来持っている野生の直感を技術によって可視化し、共有可能にする手段なのである。この視点から見れば、未来の技術開発は、単なる効率性や正確性の追求ではなく、人間の本質的な知覚能力をいかに豊かにするかという問いに答える必要がある。

ボッチョーニが100年以上前に試みた「運動の可視化」は、技術が人間の内なる力を解放し、新たな可能性を開く触媒としての役割である。Inspiring-lineの探求は、それを技術によって拡張する試みなのである。

技術,地図,思考/空間と時間をつなぐ関係線

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地層の下に流れる意図

ダンスが芸術であったことが今日まであっただろうか?

ダンスの起源は祭り、夜明けまで踊り続ける儀式にある。表現とは別の運動活動を想起するかもしれないし、神に奉納するための動物の身振り、幾何学文様、見立てた造形、身振りなど、なぞろうとするものを想起する。

現代において大自然や神といったプリミティブな意識は次第に薄れ、それらに取って代わるように、環境や自意識といった概念が生まれた。しかし、言葉が変わろうとも、本質的なプリミティブな意識は変わらず、人間はどうしようもなく大きな何かに挟まれた身体を何らかの形で確認する必要があった。

儀式を行う身体が身体表現へと変わり、劇場という場所に限定し、そこで行うために再現可能な動きの連なりとしての芸術へと形態を変えていく。しかし本来、再現性は身体表現の本質ではない。人間はロボットのようには同じ動きを繰り返せないことはとりあえず括弧に入れ、表現の共有の問題を解決するために、ダンスや演劇の設計には、振付けや脚本といった演者への指示書の作成によって考察されてきた。これらの作家の構想は、振付・脚本といった設計図を元に、表現を実現する演者は設計図の読み取り方を勉強しなければならない。そしていかに深く読み解き実現するかが演者の力量となる。役=主体を脚本=設計図を通じて、作品の構想という地層から、その地下に流れる意図としての水脈を当てはめるような考察は、日々の技術更新とともに発展すべきである。

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