YCAMを辞めた理由

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

YCAMを辞めた理由をよく聞かれるので、ここに書き留めておきます。

昨年2023年はYCAMと関係が深い坂本龍一氏や磯崎新氏が亡くなったが、それに対する追悼的なアクションがYCAMから全くないという点で、普段から贔屓にしていただいている方々からすると違和感があるのではないでしょうか?そうです。YCAMの中で働いていてもこれらは大きな違和感として感じていました。

自分が45歳頃から、働き方を見直し、自分の研究をさらに深められるように段階的な変更を検討していました。当初のプランでは、何らかの形で現在の仕事を続ける予定でした。YCAMは研究者登録がされていいて自分のように学士でも研究者番号を持っているから、科研費などに応募できるメリットがあるからです。

私はYCAMに20年間勤務してきましたが、その中でも、この10年以上続けている研究は、ダンスのコンピューティングとメタバースを通じた身体表現の変化がテーマです。音楽やデザインの現場でコンピューターが使われて創作情報が大きく変わったように、舞台芸術においてもデジタル環境の整備が重要だと考え、国内ではYCAMが最もふさわしい場所だと思っていました。

2015年から2023年まで山口で未来の運動会を立ち上げ、その中でも遠隔でのパフォーマンス実現ためのシステム設計に尽力しました。また近年は、NTT研究所と共同で触覚伝送の研究をICCで行い、運動会や舞台の遠隔転送、触覚を用いた新しい身体表現を探求しました。この研究の成果は、シンポジウム・ハッカソン「YCAM InterLab Camp vol.4:遠隔・身体・共創」で提案しました。このイベントは、NTT研究所の渡邊淳司先生、慶應義塾大学KMDの南澤孝太先生はじめとする多くの先端的な研究者と、YCAMの菅沼聖さんのご尽力で実現しました。
このイベントには、コロナ渦が明けてから全国から学生が集まり、挑戦的で学際的なイベントとして、多くの人にインパクトを与えたと自負しています。しかしこのイベントの内部評価は良いとは言えないようです。

これをYCAMのアーティスティック・ディレクターに直接交渉を持ちかけたましたが、あっさりと口頭で「大脇君の企画はこれまでのYCAMの背景という点では正しいが、その企画に予算を振り分けられない」とはっきり断られました。手お返しなをかえ提案しましたが、諸刃の剣でした。

これだけでは食い下がらずに、交渉手順に問題があったのではと考えて、2023年夏にYCAMは一般公募よりキュレーターを募集していたので、正面からこれに応募することにしました。この公募は不採用となりましたが、何らかの影響があるのではと期待していましたが、まったく変化はありませんでした。公募についてはもっと優秀な方が選ばれたのでしょうから、これ自体は全く異論はないのですが、20年間、尽力してきたスタッフに対して、メール一本での不採用通知では「大脇さんはダンスは趣味でやってもらって技術的なサポートだけで良い」と言っているに等しです。

しかしながら、YCAMのアーティスティック・ディレクターは思想的に身体表現に興味を持っていなかったようです。
ある忘年会の席で彼と隣り合わせになった私は、オフラインとオンラインにおける身体表現の可能性について、具体的な近年のパフォーマンス事例を交えながら説明し、近年注目を集めるデジタル時代の身体表現について書かれた文献、オースランダー”Liveness”なども紹介しました。

すると彼は、「パフォーマンスを観る観客は『失敗』するかもしれないという気持ちで観ていて、本質として『失敗』と背中合わせにあることに価値がある。」とコメントした。私はすぐに、「それではサーカスと同じではないか」と反論しました。
古典的な議論として、スポーツと身体表現の境界線を揺るがすものとして捉えることもできるだろう。しかし、現代のステージパフォーマンスでは、ロックコンサートなどパフォーマーを巨大スクリーンに映し出し、リアルタイムのレコーディングと複雑な映像技術を組み合わせた演出が主流となり、同時に観客もお互いにチャットなどを通じてコミュニケーションを行う。身体表現は通信技術の発展とともに日々変化している。失敗かどうという議論以前に、リアルというものがどこにあるのか、そしてその所在は常に変容しているという視点が重要であって、そこに私たちが向きあってきたはずです。YCAMのアーティスティック・ディレクターの身体表現に対する哲学はあまりにも安易であり、その発言には非常に失望しました。
私は、このような職場環境では自分の時間を無駄にしていると感じ始め、YCAMをすっかり退職し、新たな道を歩むことを決意したしだいです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。