2021年コロナ渦のさなかにYCAMで制作されたホー・ツーニェンによる「ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声」の制作に関わる中で、採用されなかったアイデアを書き留めます。(2024年4月より東京都現美でも上演されます)
世界史とは何か
この作品のベースとなっている『世界史の立場と日本』(1942)という京都学派の四天王による座談会の読み込みから始まりました。座談会では、「世界史」という言葉がしばしば登場しますが、これは通常の高校で学ぶ世界史とは異なるものです。ここで語られる「世界史」は、ヘーゲルの影響を受けた思想に基づき、歴史が単なる出来事の羅列ではなく、理性が自己認識していく過程であり、国家が形成される過程を含んでいるとされています。
座談会の内容の大部分は、欧州で語られる世界史は欧州中心の話であり、日本人は欧州の世界史も学び、アジアの世界史も知っていることから、自らを偉いとみなす議論です。
ヘーゲルの「精神現象学」によれば、「精神」という概念は、簡単に言えば「私」が私であるためには、「私たち」の一部でなければならず、常に人間は他者と共にあり、「私」と「私たち」は切り離せないとされます。問題なのは、絶対精神という用語を用いて超越的な理性という考え方がてっじされていることです。この「絶対精神=超越的な理性」は様々な解釈があるようですが、当時の流行していた解釈として「超越的な理性=神」として読むと全体主義国家が誕生します。この座談会の中でも、京都学派の四天王も、天皇を中心とした精神を思想として掲げています。
リヴァイアサン千羽鶴ロボ
ここで私が提案したのは、「千羽鶴リヴァイアサン」というモデルです。
リヴァイアサンとは、旧約聖書ヨブ記に登場する巨大な海獣のことです。同名のイギリスの哲学者トマス・ホッブズの著書もあり、この中で社会契約説が論じられています。ホッブスのリヴァイアサンの挿絵には、海の巨人の体に沢山の市民が埋め込まれており、当時の思想家たちが想像する世界史のモデルはこのような形だったのではないでしょうか。
日本の有名なアニメ、細田守「サマーウォーズ」に登場するラブマシーンは、複数のアバターを取り込んで巨人の姿になって登場しますなります。この姿はリヴァイアサンと類似点が見られます。ラブマシーンはインターネット上の悪意を象徴する存在であり、リヴァイアサンも神に対する人間の傲慢さを象徴する存在と解釈されます。リバイヤサンに「千羽鶴」のイメージを重ねてみます。
「千羽鶴」は、広島平和記念公園などでよく見かける平和の象徴として飾られています。千羽鶴は元々、願い事を叶えるためのものであり、平和に限定されたものではありません。戦時中には、勝利の願いを込めて折られた千羽鶴を特攻隊のパイロットが操縦席に飾っていたこともあるようで、そのため、今では平和の象徴として受け入れられていることから、皮肉な側面もあります。また、千羽鶴はその圧倒的な数と緻密さから、近づきがたい雰囲気を持っています。この「千羽鶴」はヘーゲルが述べる「精神」と似た状態ではないでしょうか?そのため、今回の内容にふさわしいシンボルとして提案しました。
人工生命的視点からの精神の探求
ここからが今回の本筋です。さらにこの考えには先があって、人工生命的な視点で「精神」を考えてみました。従来の哲学は、デカルトを始めとして常に「私」を中心に思考を巡らせ、「意識」できる範囲を「私」とし、意識できない範囲を含めないという前提でした。そこで問題となるのは、知性がありそうだが意識できない対象をどのように証明するかという点です。これが人工知能や人工生命で良く語られるトピックです。このトピックは様々な議論がありますが、自分の考えでは意識できるできないの立場に立つのではなく、複雑な情報が行き交う中枢が備わっていれば、そこには「意識=Life」らしきものが生まれると考えています。「私」を感じているということは、厳密には痛覚の内側だけで、「私」と思える身体所有感全般をさします。つまり、共感覚的なものを含めます。すると、「私」の脳を中枢し、中枢より下にあたる身体は意識できているの「私」として判断していますが、自分のより上のレイヤーの中枢に関しては、感じることができないので、存在を感じることができません。できたとしても直接感じることができません。意識=Lifeが立ち上がる中枢部で、上位の中枢は下位の中枢の存在自体も感じられない場合、だれもこれらを証明しようとも思わないでしょう。しかし、ヘーゲルの言うと所の「精神=私たち」という集団の理性が自己認識をしていたなら、「精神」は意識=Lifeがあるかもしれません。少なくとも私たちは「精神=Life」下に生きていて、何らかの影響を受けています。この精神にもにた「あるかもしれない」感覚は、千羽鶴を目の前にした時の不気味さにも通じているのではないでしょうか。
緻密なステージダンスを見たときや、サッカーなどのゲームでの奇跡的な連係プレイを目の前にしたときにそこにLifeのようなものをわたしは感じます。それがこのアイデアの根本です。
本編で採用された演出は、前作「旅館アポリア」が特攻兵をテーマにしていたこともあって、特攻兵の主観的な体験を具体的にVRで味わえる演出です。具体的には、自分の機体が敵機に衝突した際に、ゆっくりと崩壊していく様子が表現されます。この演出では、ダイナミックなアクションよりも、静的な表現が選ばれました。
[おまけ]京都学派四天王の特攻ロボットへの乗り込み
元々のプロットでは、京都学派四天王が変形ロボットに乗り込んで戦地に向かうというものがありました。このロボットに関するアイデアを紹介します。特攻機「桜花」のデザインを手がけた三木忠直は、実は新幹線のデザインも手がけています。つまり、新幹線も同じ弾丸のように飛んでいく同じ思想で設計されているのです。そこで、ロボットアニメ「シンカリオン」を思わせるデザインを提案しました。しかし、この提案は勿論不採用。余談ですが映画「シンゴジラ」のシーンで新幹線のぞみが特攻しますが、これは三木忠直のオマージュでしょう。