地方の芸術創造:差異とフィードバックの重要性

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

地方で美術館や劇場では芸術の創作を行うという事はどのようなことでしょうか?

「芸術は都市からやってくる」の誤解

一般的には新しい文化は都市からやってくると考えられがちですが、これは全く間違いでしょう。都市は人口と情報が集中する故にモノがあふれ、それらの消費速度も加速しています。都市には確かに新しいモノは多いのですが、消費される事に価値を見出すポップアートやファインアートのような刺激が強調された表現が多く、芸術の真理に達していない作品が多いと思われます。地方での創作は都市とは異なる経済状況から、芸術家が一定の期間作品制作に専念でき、作品に向き合う時間が多く持てる事で、新しい表現に到達する可能性があるのではないでしょうか。

地方地域の側からすると、そのような新しい文化活動に関わる機会を通じ知性を養う活動を一つの価値として見出す必要があり、これも「新しい文化は都市からやってくるのではない」という前提の上に、創作を受け入れ、支え、見守る事自体が文化活動の一環である認識が必要です。

これらを前提に、地方の文化財団および劇場が舞台芸術の創作を考えると、いくつもの可能方法が考えられます。この論議は、地方芸術関係者で多くの方々が議論していると思いますので、ここでは芸術家は何処から来るのかという論点から考えたいと思います。

週末芸術家の問題と社会的真理への到達

では地方に芸術家が生まれる環境に適しており、芸術家人口が多くいるかといえばそうではありません。しかし、週末芸術家は自主的な表現の枠を超えない限り、社会的に問題に答えられる真理に到達することはできません。なぜ表現の枠を超えられないかといえば、生活の中で身体的なズレを体験できないと、芸術に繋がらないからです。
人種差別問題からヒップホップが生まれ、民族の衝突から多くの映画が作られるように、社会的に文化的に個人のアイデンティティを切り裂くような問題ズレを体感できる環境がまず必要となります。それらを乗り越えようとした際に、新しい表現は生まれてきます。ズレを感じることが芸術的な真理の入り口です。
地方には、このようなズレが生まれづらいといえます。また、それを表現しても評価される場所がありません。

差異の創出とフィードバックシステム

アイデンティティを切り裂くようなズレを体感している人がいるとして、それだけでは芸術家は生まれません、そこには批評性というものが必要です。
都市に芸術家が多いのは、多様な人々が集まり、様々な価値観や文化が交差しています。そのため、芸術を通して、これらの多様性を表現し、理解し合うことが重要となります。
また、都市は変化のスピードが速く、新しいものが次々と生まれています。そのため、芸術を通して、これらの変化を捉え、新たな価値観を創造することが求められます。このようなことから都市に芸術家の素養のある人が生まれやすいのです。しかし、その芸術家を地方に連れてきたらいいのでしょうか?

いえこれも違います。生活環境にズレがあった場合、環境が変わってしまったなら、そのずれは体感できなくなり、都市では芸術家であっても変化の少ない地方では芸術家を引退する人は実際に多いのです。つまり、内面的にズレを体感している人と、その芸術家に価値の評価を与えられるような場が必要です。
そして、批評を追求する手段としてその場とシステムを設ける必要があります。それがフィードバックサイクルです。このサイクルは表現と批評の相互作用により質の向上に貢献します。

現在は対話型鑑賞というツールがありますし、支援会などをを頻繁に開いて、観客以上、芸術家未満の層を厚くしていく仕掛けが必要でしょう。

これらの視点から、地方の芸術創造には、差異を生み出し、フィードバックを得るシステムが必要です。芸術的想像力を育むためには、このような差異とフィードバックのサイクルが不可欠です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。