2024年2月21日、85歳のスティーヴ・パクストンがこの世を去りました。追悼文をFacebookに掲載しましたが、彼を知らない方も多くいることから、彼の功績をまとめることにしました。
Contents
だまってソロ作品を見よう
文献
文献”Terpsichore_in_sneakers_post_modern_dance”PDFダウンロード
“Terpsichore_in_sneakers_post_modern_dance”パクストンのページのgoogle自動翻訳
“Terpsichore_in_sneakers”にはポストモダンダンスを代表する”ジャドソン協会派”と呼ばれるニューヨークの芸術運動を詳細にまとめた文献です。”ジャドソン協会派”にはパクストン以外にもトリシャブラウン、イヴォンヌレイナー、ルシンダチャイルズ、デボラヘイなどが参加しています。それまで身体表現が、劇場や音楽といった形式にとらわれていたことから、それらから自由な表現を実験的に行ったグループで、これらの実験的な試み(テクニックにはなっていない)は80年代にフランスに輸入されることでテクニック化され、現在のコンテンポラリーダンスのような形式に変容しました。ですから、”ジャドソン協会派”の実験はコンテンポラリーダンスのルーツの一つと言っていいでしょう。
contact improvisation Steve Paxton.pdf
あと、日本では福本まあや先生がパクストンの専門ですので論文を調べるのがいいでしょう。
コンタクトインプロビゼーション
コンタクト・インプロビゼーションは、1972 年以来国際的に発展してきた即興ダンスの形式です。これには、接触を中心に体重、感触、動きの認識を共有するという基本を使用し、運動によるコミュニケーションを目的としてます。スティーヴ・パクトンを中心としたダンサー達で発案しました。コンタクトインプロビゼーションはプロのダンサー達にもテクニックとして影響も与えましたが、「ジャム」と呼ばれるコミュニケーションを目的としたレクリエーションでは、初心者も参加できます。研究者のノベックはダンススポーツとよんでいます。
コンタクト・インプロヴィゼーション | 現代美術用語辞典ver.2.0
以下の動画がその歴史です。
この本は和訳があります。
コンタクトインプロビゼーションを卒業したパクストン
先にまとめられた動画でも紹介されているように、テクニック的には習熟を迎え、パクストンはより緻密な自分の身体内で出来事を観察することにフォーマスします。以下のソロ作品はバッハのゴールドベルクに即興で踊られたものですが、リズムと細部や体の部位のバラバラに操作する思考の過程がうかがえます。
Material fo Tthe Spine 背骨のためのマテリアル
“Material fo the Spine 背骨のためのマテリアル”はベルギーの出版社から出版された同名のDVD-Romがあり、パクストンの晩年の思想をインタラクティブなデジタルメディアで学習できるDVD-Romです。私がたびたび引き合いに出す”プロジェクション”という概念の思想が求まっています。現在はフリーでブラウザーで見ることができます。
2009年の招聘は、”Material for the Spine”の出版を記念して、霧の彫刻家である中谷芙二子さんを中心に行われました。私はその招聘に直接関わったわけではありませんでしたが、何となくメンバーでした。東京でのワークショップやパフォーマンス、そしてYCAMでのインスタレーション展示とシンポジウムが開催され、さらには美術家の岡崎乾二郎さんを中心とした四谷アートステデュウムでもシンポジウムが行われました。すべての通訳はアーティストの川口隆夫さんが務めました。
2009年山口情報芸術センター[YCAM]での展示”Phantom Exhibition~背骨のためのマテリアル”
ワークショップの感想文
2009年5日に及ぶワークショップが開かれ、当時の自分が書いた感想文がセゾンの期間誌に掲載されました。以下は当時の記事です。
日本思想に精通する海外の芸術家は多く、コンタクト・インプロビゼーション(CI)の創始者であるスティーヴ・パクストンも例外ではありません。パクストンは40年前に東京で合気道を学び、今回の日本ツアーで行われたマテリアス・フォー・ザ・スパイン(MFS)にも合気道の気の概念を応用した思想がベースとなっているいます。 合気道は安政の時代の武術で、殺人の剣から活人の剣に移行し、より精神的な修行に転じた時代の武術です。驚くべきことにパクストンは合気道の思想を文献といった言葉で直接学んだことはなく、合気道の一連の訓練を現在も続け、そのような思想に至ったと述べています。
ワークショップのディスカッションの中で
「合気道の思想を文献といったものを参照しないで、相手を受け入れる事から始めるといった日本武術に精通する思想をどのように知ったのか?」
という質問に対し。
「愛は体の何処にあるのか?(Where is love in the body?)」と逆に問いただした。
その時、会場は一瞬息を飲みましたが、ディスカッションはゆっくりと続き、パクストンはマイク・タイソン(1966-)の人生をえがいた映画「Tyson」が引き合いに出されました。パウンド・フォー・パウンド最強のボクサーとして歴史に名を残すタイソンの強さの理由を、映画の中で幼児時代の他者への恐怖心として描かれており、他人を恐れる心が相手を傷つけるという問題を提示されました。
質問の答えは性格に述べられてはいないものの、合気道の一連の動きの中から意味を導き出し、コミュニケーションの本質的な問題点として提示し、現在も取り組んでいるおられる様は、私達は只圧倒されるばかりでした。
私に取って「他者を恐れる恐怖」と「愛」それとワークの鍵として繰り返し話される「プロジェクション」という言葉は、今回のパクストン日本ツアーの中で課題でありテーマとして受け止めました。ここまで課題意識を持って芸術に取り組んでいる芸術家が現在日本にはいるのでしょうか?
50-70年代のアメリカを中心とした前衛芸術運動の流れは、日本国内にも影響していたものの、その運動の後半に位置するジャドソン教会派はほとんど紹介されないまま、現在に至ってしまった歴史があります。美術館、劇場やコンサートホールを否定した前衛芸術運動はアメリカから海を渡った際、再びそれぞれの各々の様式に回収されてしまい、まるでゴミ箱の様にポストモダンダンスという名前でくくられてしまっているのが現状です。現在日本にパクストンを招聘する意義は、失われた歴史を取り戻すことで、現在の芸術を再批評することであると確信します。
2009年以降、日本では、50〜70年代の前衛芸術運動であるジャドソン教会派が徐々に紹介されてきました。また、「まるでゴミ箱のようにポストモダンダンスという名前で一括りにされてしまっている」という表現は、実際にスティーヴが述べた内容であり、ジャドソン教会派が行ってきた実験的なパフォーマンスやコンタクトインプロビゼーションが持つ社会的な側面などが、一つに求められてしまっているという当事者の感想だと思われます。
終わりに
インテビューなどはyoutubeに沢山あるので、より興味があるかたは参照ください。わずかの時間ですが彼から学べたことは人生の宝です。(以下の写真は自宅で昼寝しているところをこっそり撮影)